あれもしなきゃ、これもしなきゃ。
でも何もしたくない。
できない。
いつもそんなことを思っていました。
何をするにも億劫で、動きたくない。
どう動いていいのかわからない。
そんなわたしが実感した、何をするのも面倒くさいときの解消法です。
※多くの人の「ふつう」ができなかったわたしの話です。
一般的な人には、低レベル過ぎて参考にならないと思います。
とにかく面倒くさかった
わたしは、とにかく面倒くさがりです。
何回も見たいと思って買ったDVDも、パッケージから取り出すのが面倒で、どれも1回しか見ていないレベルです。
(買った直後のテンションで、最初の1回は見れます)
以前は、片づけ方法を知らなかったというのも理由だと思いますが、目の前のゴミ1つを捨てられず、気づいたら何度も汚部屋になっていました。
ただ、わたしの面倒くさがりは家の中だけです。
外出先や(かつての)仕事場では常に緊張し、「キチンとしなくては」という強い思いから、むしろ行動できています。
その緊張感からの疲れか、家ではいつも「ダルい」「面倒くさい」と思っていました。
気分が乗らないだけのこともあれば、実際に抑うつ状態のこともありました。
何もしたくないという気もちに身を任せていたら、そのうち「何もしない、できない人」になっていました。
たまにやってくる軽躁状態のときだけ動く感じです。
しかし、そうも言っていられなくなります。
それが2年ほど前のことです。
「うつを何とかする」「自分を変える」と決意して、動くことにしました。
動くようになって気づいた「面倒くさいの解消法」
少しずつ動くようになって、気づきました。
まずは、目の前にある「小さな面倒くさい」を1つやっつければいいだけだと。
たとえば「ゴミがあったら、それを拾う」、それだけです。
大抵は、拾うことができれば、そのまま捨てられます。
実際に動いてみると、5〜10秒くらいのことです。
たったそれだけのことなのに、なぜか頭で考えると、とてつもなく面倒なことに思えるのです。
だから、頭で考える前に、まず拾います。
繰り返しになりますが、それだけです。
面倒くさがりだった頃は、「ゴミ1つのために動くのは億劫。すこし溜まったらまとめて捨てよう」と思っていました。
しかし、面倒くさがりなわたしが、すこし溜まった時点で動けるわけがないのです。
溜まったゴミを見て見ぬふりをしているうちに、どうにもこうにもならなくなります。
1つの面倒くさいを放置すると、次の面倒くさいがやってきて、どんどん溜まります。
そして、絶対にやりたくなくなるのです。
やるべきことをやらずにいると、常にそのことに気を取られます。
頭の一部にそのことが引っかかり、モヤモヤし続けます。
やっつけてしまえば、頭も心もスッキリします。
また、まず1つやることでエンジンがかかり、別のこともやろうと思えるようになります。
慣れると複数のことをこなせますが、最初は、それこそゴミ1つ捨てるだけで良しとします。
いまでは、ゴミをその都度捨てられるようになりました。
(最初に言いましたが、これくらい低レベルな話です)
それでも、わたしにとっては大きな進歩です。
ここまで動けるようになったのは、日々動くことを意識していたからです。
「自分を変える」と強く思っていました。
少しずつ動けるレベルが上がり、多少のうつ状態ならできることも増えてきました。
さらに、そのことが自信になり、より動けるようになりました。
そして、それにともない面倒くさいと思うことがずいぶん減りました。
目の前の小さな1つをやっつける。
これを継続することで、いつの間にか面倒くさいが解消されました。
「小さな1つ」もやりたくない人は?
そう言われたところで「できないものはできないよ」と思う人もいると思います。
かつてのわたしがそうだったので、よくわかります。
その場合の対処法は、2つ。
「やる気になるのを待つ」、あるいは「やる!と決める」ことです。
当たり前すぎて、ごめんなさい。
でも、これは約40年生きてきた実感です。
やってはいけないのは、「小さな1つもできない自分はダメだ」と自分を責めることです。
面倒くさいを解消しようと思っているだけで充分です。
いずれ、やる気になったときにやればいいのです。
そして、やる気になったときには、ぜひ腹をくくって取り組んでみてください。
最後に
書いているうちに、あまりのレベルの低さに自分でも不安になってきました。
でも、残念ながら以前のわたしはそんな感じでした。
そんな自分でも、なんとかなりました。
そのことを伝えたくて、過去の自分に声をかけるつもりで書きました。
2年前はこの本すら、面倒くさくて読めませんでした。(どんだけ)